六本木界隈歴史写真館

大掃除の日に捨てられていた分厚い本2冊。
ほこりをはらって中を見てみると昭和35年に発刊されたこの史書には
私の知らない六本木の歴史が記録されていました。

001.jpg (23k)

写真番号:001
撮影時期:昭和5年頃
撮影場所:六本木交差点付近
引用:日本地理風俗大系
更新日時:99/3/25
コメント:
交差点角に”地図”という看板が見える。現誠志堂書店か?
路面電車と馬が行き交う様子が今のアマンド 交差点からは想像できますか。
右上に見える櫓は何?

002.jpg (15k)

写真番号:002
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:六本木交差点付近
引用:港区史下巻
更新日時:99/3/30
コメント:
首都高はまだできてないので昭和30年頃か?
六本木通りに緑地帯があったんですね。
手前に”聖心女子学院”の路上電車停が見える。学校帰りにアマンドには寄っていたのだろうか?

003.jpg (29k)

写真番号:003
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:六本木俳優座劇場
引用:港区史下巻
更新日時:99/4/6
コメント:
モダンな建物はさすが俳優座です。
バウハウスのデザインっぽい?
文藝春秋の看板がビル上部にかかげられているのはなぜでしょうか?
私的には今の俳優座をこの状態にリニューアルデザインしてほしいぐらいです。

004a.jpg (19k)
004b.jpg (21k)

写真番号:004
撮影時期:上・ちょんまげの時代
     下・昭和3?年頃
撮影場所:
 飯倉交差点(四ツ辻付近)
引用:
 上・昇斉筆(日比谷図書館蔵)
更新日時:99/4/12
コメント:
(上)人力車、天秤魚屋の様子や遠方には東京湾が描かれています。
ビルさえなければ飯倉から海が見えるんでしょうね。
交差点角には屋根付き掲示板のようなものが。当時はここがコミュニティの中心となっていたのかな。
この頃から飯倉は人通りがはげしかったんですね。

(下)現ノアビル地には「FLY NORTHWEST」の看板が映えています。
上の写真の掲示板が、灯籠のようなものに変わっています。今はもうないけど。


005.jpg (17k)

写真番号:005
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:六本木より東京タワーの方向を望む
引用:港区史上巻
更新日時:99/4/20
コメント:ロアビル前の通りですね。
東京タワーの見え方は道路上に見えるせいで今とほとんど同じかな。
タワー配置計画が東京の高層化を予期してた?

006.jpg (21k)

写真番号:006
撮影時期:昭和10年頃
撮影場所:麻布十番大通り
引用:港区史下巻
更新日時:99/4/27
コメント:十番の下町っぽい感じは今のまま?今が昔のままですね。商店街には看板代わりの垂れ幕、のぼり旗が並んでいます。

007a.jpg (18k)
007b.jpg (19k)

写真番号:007
撮影時期:上・ちょんまげの時代
     下・昭和3?年頃
撮影場所:
 麻布四ノ橋付近
引用:
 上・広重筆(日比谷図書館蔵)
更新日時:99/5/11
コメント:
(上)古川は結構川幅があったんですね。
川向こうに見えるのは何かの船宿でしょうか。

(下)この上空には今では首都高が走っていてちょっと暗いのですが、当時はやはり開放感がある町並みでしたね。
路面電車が走る下町っぽい感じです。


008.jpg (37k)

写真番号:008
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:六本木交差点付近
引用:港区史上巻
更新日時:99/5/23
コメント:
遠方に国会議事堂の頭が見えています。
六本木で大きな建物は俳優座ぐらいだったのでしょうか。
首都高がない六本木って何かのどかな町並みに感じます。
札幌や名古屋のように道路が広いですね。

009.jpg (20k)

写真番号:009
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:新龍土町西辺の都電道路
引用:港区史上巻
更新日時:99/6/01
コメント:六本木周辺は昔、龍土町と呼ばれていました。龍土軒というフランス料理屋さんが有名です。
この通りは今で言う外苑西通りでしょうか?木造民家が並んでいます。
むこうのほうにみえる林は青山墓地かな。

写真番号:010
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:麻布鳥居坂
引用:港区史上巻
更新日時:99/6/08
コメント:
鳥居坂とは現在ではロアビル横から麻布十番にぬける閑静な坂です。
写真には写っていませんが東洋英和の通りですね。
お屋敷が立ち並ぶ豪華な坂道の様子です。


写真番号:011
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:乃木坂
引用:港区史上巻
更新日時:99/6/22
コメント:
左手の木々の中が乃木神社でしょうか。鳥居が見えますね。
のんびりした様子は今でも乃木坂を象徴しています。最近この付近に青山墓地からトンネルが抜けました。

写真番号:012
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:麻布本村町
引用:港区史上巻
更新日時:99/7/15
コメント:
外人住宅外国公館を示す多数の案内板です。
この案内板があった本村とは元村すなわち麻布の中心の意味だそうで、阿佐布という地名は当初この当たりを指したらしいですね。
古くから住居好適地に選ばれていたせいで、外国人が好んで住んでいたのかもしれません。
こんなかわいい案内板は別荘地などにしか今はないですね。

写真番号:013
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:六本木竜土町天祖神社
引用:港区史上巻
更新日時:99/7/23
コメント:
龍土町とは現六本木7丁目商店街周辺でセブンイレブンの向かいの社ですね。麻布で伝説の太田道灌の社殿再興ということですって。

写真番号:014
撮影時期:昭和23年頃
撮影場所:飯倉4丁目付近
引用:港区史下巻
更新日時:99/7/31
コメント:
飯倉4丁目って飯倉片町から飯倉交差点までのあたりなのかな。道路が整備されている割にはやけにまばらな家なみですな。路面線路の線模様が美しいですね。

写真番号:015
撮影時期:昭和30年頃
撮影場所:麻布十番商店街
引用:港区史上巻
更新日時:99/8/19
コメント:一の橋から麻布十番に入っていくあたりですかね。そうするとこの建物は現在のウェンディーズハンバーガーショップのあるビルでしょうか。十番祭りで最も人が込み合うところです。

写真番号:016
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:麻布狸穴坂
引用:港区史下巻
更新日時:99/8/31
コメント: 一瞬本当のタヌキかと思いました。(笑) 長閑ですね。現在も面影があるのではないでしょうか。
このあたりでアメリカ村と呼ばれているところがあるそうですけど一度探してくじけました。

写真番号:017
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:赤坂花街
引用:港区史下巻
更新日時:99/9/10
コメント:渋い町並みですな。妖しい雰囲気が漂っていますが、はたして現在の赤坂のどのあたりでしょうか。
木塀から坪庭の植木がのぞいていますね。今でも残っていれば庭を見てみたいものです。

写真番号:018
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:麻布がま池
引用:港区史上巻
更新日時:99/9/21
麻布に池があったなんて・・・。 麻布本村町のがま池は、江戸時代の旗本山崎治正の屋敷内にあったそうです。
池好きの私としては気になります。 現在も残っているのでしょうか。 独特な雰囲気がありますね。

写真番号:019
撮影時期:昭和3?年頃
撮影場所:赤羽橋付近
引用:港区史上巻
更新日時:99/10/06
麻布に池があったなんて・・・。 麻布本今は首都高が上を走っています。
それ以外はあまり雰囲気は変わっていないところですね。このあたりにあった職安は芝浦の方に引っ越したとか。



写真番号:2-001
撮影時期:昭和5年頃
撮影場所:品川駅前
引用:日本地理風俗大系
更新日時:99/10/21
コメント:
品川駅は品川区ではなく港区に属することは知っていますか?
駅むこうにはすぐ東京湾が望めます。
現在の品川駅は再開発でかなり変わりました。反対側との連絡回廊ができ、地下廊を歩いていた頃がすでに懐かしかったりします。

写真番号:2-002
撮影時期:昭和30年頃
撮影場所:赤坂一ツ木道り
引用:港区史下巻
更新日時:99/11/02
コメント: 今の華やかさはまだないですね。
このところ赤坂駅周辺はかなりさまがわりしてきました。
まだまだ今後の赤坂は各色に移り変わっていくのでしょう。

写真番号:2-003
撮影時期:大正初期頃
撮影場所:三田
引用:港区史下巻
更新日時:99/11/26(00/9/4)
コメント: 奥の高台に見えるすごい洋館はなんなのでしょうか。今の明治学院かな。下町に並ぶ商店との対比が何か絵本のなかの表現みたいですね。

*洋館は明治学院ではなく「慶応義塾図書館」で、現在の田町駅~日本電気本社付近からの遠望だそうです。(NAGASAWA様、御指摘のメールありがとうございました)


写真番号:2-004
撮影時期:昭和30年頃
撮影場所:芝浦海岸通の桟橋
引用:港区史上巻
更新日時:99/12/06
コメント:
手前から竹芝・日出桟橋・芝浦岸壁。このあたりはかなり現在は変わりましたね。

写真番号:2-005
撮影時期:昭和30年頃
撮影場所:新橋停車場
引用:大正大震災前
更新日時:99/12/18
コメント:
モダンな建築が新橋にあったんですね。
残念ながら震災でなっているらしのですが。 元汐留駅にあったそうです。

写真番号:2-006
撮影時期:昭和26年頃
撮影場所:湊区営青山浴場
引用:港区史下巻
更新日時:00/01/06
コメント:
青山に浴場が無かったために新宿方面までいかねばならなかったそうで、衛生面でみかねて青山に作ったそうな。
27年には廃されたそうだ。
どのあたりにあったのだろう。
渋そうだね。

写真番号:2-007
撮影時期:昭和30年頃
撮影場所:愛宕山JOAK
引用:港区史下巻
更新日時:00/01/22
コメント:
愛宕山は一度もいったことが無くて正直地図を開くまでどこにあるのかさえも知りませんでしたが、実は港区の名所だそうです。
ここが日本ではじめて無線電話放送を開始したところで、後にラジオ放送の実験がここで行われました。
携帯モバイルの総本山(笑)!
現在は放送博物館となっているそうです。
今度行ってみよっと。

写真番号:2-008
撮影時期:昭和31年頃
撮影場所:浅野邸
引用:港区史下巻
更新日時:00/02/03
コメント:
三田四丁目にあった御殿造りの浅野邸は紫雲閣とよばれ、装飾が優美で特に客間、応接室は蒔絵で装飾されていたそうだ。 戦災で焼けて今はもうないそうです。
独特のプロポーションですな。設計者は伊藤忠太氏。

写真番号:2-009
撮影時期:昭和38年頃
撮影場所:渡辺邸
引用:港区史下巻
更新日時:00/02/12
コメント:
高輪南町にときの宮内大臣であった渡辺伯爵の邸宅が建築されたそうだ。
外観はコテージ風でかわいいなー。内装は隅々まで彫りの入った木組で窓にはステンドグラスがはめられていてルイ王朝風に仕上げられていた。接客用に作られたそうでバスや厨房設備は無かったらしい。戦災には遭わなかったということなので今でも残っているのかな。東京トヨペットの接客・会議室にもなってたようだ。
設計者は宮内省内匠寮技師木子幸三郎氏。

写真番号:2-010
撮影時期:昭和38年頃
撮影場所:三井クラブ
引用:港区史下巻
更新日時:00/03/09
コメント:
三田綱町にある現三井倶楽部は一度何かのパーティに招待されて行ったことがあります。私にはちょっと場違いでした(笑)。庭園を望む数々の来賓室は豪華で圧巻。大震災で内部を破損したのを修復したのみで戦災にも遭わず当時のままで現存しています。
大正2年の竣工。